「夏子の冒険」: 三島 由紀夫

夏子の冒険 (角川文庫)

夏子の冒険 (角川文庫)

 読了。26歳の三島由紀夫が書いたライトノベル、と言っていいんじゃないのかな。ライトノベルって、読んだことないけど、まあ、こういう路線だろう。これはすごい。おもしろい。それ以上に、あっと驚くほど、軽くて、笑ってしまうよ。
 真の情熱のない男に飽き飽きしたお嬢様の夏子(20)は、こんなろくな男のいない世の中にいても仕方ない、と、修道院に入る!と突然言い出す。サラリーマンも芸術家も、どんなイケ面も気に入らない。ところが、函館の修道院に向かう途中、猟銃を持った青年毅と恋に落ちてしまう。毅は復讐のために北海道に行くのだった。その復讐に燃える毅に、夏子は捜し求めた真の情熱を持ち合わせた理想の男を見出す。夏子は修道院に入ることをすっぽかし、毅の後を追うのだが・・・という、お嬢様が大冒険するお話。
 この夏子も面白いのだけれど、夏子の付き添いでついてくる母、伯母、祖母の三人組が、いちいち笑える。黒澤明の「椿三十朗」とか、ああいうのに出てくるのんきな奥方様みたいな役どころ。こういう笑いは、久しぶりで新鮮だ。
 でも、こういう小説26歳で書いていた人が、45歳で切腹しちゃうんだからな。この真の情熱を求める夏子、というのは、そこまでつながっているようでもあるし、ラストのドンデン返しでは、現代では、崇高な悲劇などもはや存在せず、すべての情熱は成就した瞬間にすべて喜劇になってしまう、と言う三島らしいニヒリズムでもある。そういう三島由紀夫の本質が、こんなライトノベルまがいの娯楽作品にもこういう形でちゃんと出ているというのが、読み終えてみると、なんとも感慨深い。