「SとM」 : 鹿島 茂

SとM (幻冬舎新書)

SとM (幻冬舎新書)

 この鞭とSMということであれば、バレンタイン・デイという風習も、かなりSMっぽい起源を持っているんですね。
 ローマ時代、パラティヌスの丘では、狼の女神レペルカルを祀る「レペルカル祭り」が行われていました。その祭りの段取りは以下のとおり。
・恋をしたいと願う若い男性は、何頭か、生け贄のヤギをお供えする
・ついで、ヤギの皮をはぎ、それを腰に巻き、大声で笑いながら、走って丘の周りを一周する
・途中で若い女性に会うと、腰に巻いた皮でペニスを隠しつつ、皮から作った鞭で、会った若い女性を、一人残らず、鞭打つ
・すると、若い男性と若い女性は結ばれる
・・・
 若者は、ローマの好色な牧神のファウヌスに扮していたので、「ヤギの皮で女性を鞭打つのは、女性の不妊症を治して、真冬の間に活動を停止していたあらゆるものの繁殖力を呼びさます」と考えられていたのです。この生殖の祭りが、時代を追うごとにいろいろと変化していったのが、今日のバレンタイン・デイだという訳です。

 どういろいろと変化すれば、こうなるのか(笑)。鹿島先生、売れっ子フランス文学者という感じですが、確かに面白すぎます。この本は書き下ろしではなくて、語りおろしなので、一層ストレートでわかりやすくておもしろいです。
 元々、キリスト教はイエスの復活という飴とイエスの受難という鞭を持っていたのだが、ゲルマン民族への浸透の過程でゲルマン民族の土着信仰を取り込むために受難の側面が鞭として強調され、東ヨーロッパの森をイメージして壮大なカテドラルが教会に導入される。この過程で、サディスティックな側面が強調されるようになる。このキリスト教のサディスティックな鞭に対して、その神の役割は俺がやってやろうじゃんと言い出した近代人が、マルキド・サド。後生の心理学者がこの対概念として掘り出したのがマゾッホ。SMというのは、キリスト教ありきで始まった近代化の病。これに対して、天皇制で国民総M体制の日本では、欧州の狩猟民族の鞭ではなく、農耕民族の縄でSM文化が発展することになる・・・。
 これは語りおろしの新書本だから、こんなにわかりやすく話せるんだろうな。学者としてこれを本にしたら、何巻になることやら・・・。そういう意味で、新書として、良い本です。