支那の夜[前後篇]@東京国立近代美術館フィルムセンター、日本映画史横断②・歌謡・ミュージカル映画名作選

1940年(東宝東京)126分・35mm・白黒、(監)伏水修(脚)小國英雄(撮)三村明(美)松山崇(音)服部良一(出)長谷川一夫李香蘭山口淑子)、藤原鶏太、服部富子、汐見洋、御橋公、嵯峨善兵、藤輪欣司、鬼頭善一郎、長島武夫、小高たかし、今成平九郎、清川玉枝

 これは、「国策映画」と言うことになっている。主題歌「支那の夜」と「蘇州夜曲」が余りに有名で、私もタイトルはちゃんと知っているが、あんまりちゃんと聞いたことはなかった。一度見ておいた方が良いのかなあ、と思って続けて見たのだけれど、興味深かった。
 確かにストーリーは「国策映画」。日本の侵攻後の上海で、最初は抗日感情に固まる李香蘭長谷川一夫や周囲の人が見事に骨抜きにしていくという話で、「民度の低い中国人を正しい日本人が指導してあげます、日本人を見習いなさい」調の映画で、そりゃこれを見たら中国人は怒るだろうな。最初は、まるで、トリュフォーの「野性の少年」じゃないんだから、と言いたくなるような調子だもんな。でも、李香蘭、中国人の日本語の真似が上手すぎる。これじゃ、中国の新聞記者が「何故、あなたは中国人なのに日本のあんな映画に出たんですか?」と質問される。その挙げ句に、日本人だと言えなくなって中国人のフリをすることになり、終戦後は死刑にされかかるのも不思議はない。日本軍に親も殺され屋敷も燃やされた挙げ句、日本人に「なんて強情なんだ!」と平手打ちされて、それでシュンとして手なずけられる訳ないだろうに。これはビデオやDVDも出しにくいかもしれない。テレビで流すのも難しいんじゃないだろうか。フィルムセンターで過去の資料というスタンスでないと、今では上映や放送は難しいかもしれない。見ておいて良かったと思う。
 1932年の上海事変で日本軍が爆撃を行い、1937年に勃発した日華事変で上海は日本軍に占領された。この映画が撮られた67年前、上海は日本の占領下だった。と言っても、もうそんな遠い昔の話、日本人が大陸を我が物顔いに歩いていた時代のことなど、正直言って想像もできないのだが、あの大陸の風景の中を長谷川一夫李香蘭が歩いているのを見ていて、始めてそういう時代があったのだという実感を感じた。それだけでも見た価値はあったと思う。やはり、これだけは言葉では伝えきれないものだと思う。20世紀は映像の世紀だった、と言うのは、こういう事なんだと思う。それが正しかれ、悪しかれ、フィルムはそこにあったものの姿形、そして空気を記録に留めている。その重さだと思う。20世紀は映像によって裁かれる世紀である、と言えるのかもしれない。
上海市 - Wikipedia
「満映論」 大場さやか
 のんびり珈琲を飲んでいたので、30分過ぎに定員ギリギリのところで何とか入れたけど、これがこんなに混んでいるとは思わなかった。係員の人に2列に並べと言われて、何で1列にしないんだと食ってかかっている訳の分からないおじいさんがいて、行列から「うるせえ、出てけ!」と声がかかって揉めていた。何で、フィルムセンターなんかで口論になるんだよ?!と思ったのだが、見終わってみて、納得がいった。これは要するに李香蘭のアイドル映画みたいなモノだ。あの爺さんはかってのキモいアイドルオタの66年後の姿なのではないだろうか、と考えれば不思議ではない。今から66年後のフィルムセンターでも、今のモー娘。オタがああいうことやっているのだろうか。そもそも、モー娘。とか、最近のアイドルって映画あるんだろうか。よく知らないけど。相米慎二とか澤井信一郎の映画はちゃんと収蔵されるだろうから、まあ、ああいうことは今後もずっとあるのかもしれないな。そんな頃まで生きていないだろうけど。とにかく、爺様と婆様がいつにも増して多かった。間違って、銀座並木座にタイムスリップしたかと思った。
 前から興味もあったので、李香蘭の伝記を帰りに買ってきた。密かな今年の目標は積ん読を減らすことなのだが、いきなり崩壊しそうだなあ。でも、ある時に見つけたら買っておかないと、読みたくても、近頃はすぐに手に入らなくなっちゃうから‥‥。でも、Wikipediaだけでも、結構な情報があるんだよな。この映画の翌年(1941年)は「日劇七周り半事件」か。すごいな。一体何人集まっていたんだ?今日のフィルムセンターの定員310名が満員札止めでも不思議はないと言うか、まだ200人くらいは生き残っていたと言うことか?恐るべし、李香蘭

李香蘭 私の半生 (新潮文庫)

李香蘭 私の半生 (新潮文庫)

山口淑子 - Wikipedia
あっ、

上戸彩野際陽子テレビ東京李香蘭』、2007年2月11日〜2月12日)

だって!!!
李香蘭 : テレビ東京
彩タ〜ン!忘れずに見なくちゃ。Googleカレンダーにも入れて、スケジュールにも入れて、忘れないようにしないと。‥‥。あれ‥‥。あんまり、爺様のこと馬鹿にできないな‥‥。李香蘭山口百恵→彩タンみたいな、アジア全土を席巻するアイドルの流れというのがあるんだなあ。
 閑話休題李香蘭の美貌というのが、それにしてもスゴイ。何だか、ハリウッドの女優みたいである。中国生まれの日本人なのに終戦までは中国人ということにして「国策映画会社」満洲映畫協會などで映画に出演し、苦難を経て日本に帰国するも、シャーリー山口としてハリウッドに進出し画家のイサム・ノグチと結婚し、離婚後日本に帰りワイドショーなどに山口淑子として出演、1973年には日本赤軍重信房子とのインタビューに成功。その後大鷹淑子として参議院議員。スゴイ人生だな‥‥。こんな事書いてないで、自伝読もう。

李香蘭(山口淑子)全曲集

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