『ウルトラ・ダラー』:手嶋龍一

ウルトラ・ダラー

ウルトラ・ダラー

外交ジャーナリスト・作家 手嶋龍一オフィシャルサイト
 驚愕の面白さ。佐藤氏がドキュメンタリーとして官僚の矜持を持って高見を世に問うているのに対して、こちらの手嶋氏はぐっとやわらかいエンターテイメント小説という形式で勝負してくる。面白さに引き込まれて、ついつい一気読みしてしまった。
 小説としては、最後のエピローグの部分なんかちょっとスピード上げ過ぎかなあ、と思うくらいのスピード感が気持ちいい。次から次へと進む真相究明が整理されていて、この手の小説にありがちな「あれ、これ、どういうことだっけ?」なんて言うことがない。この辺、さすがにNHKで報道に長年携わってきた人ならではのわかりやすさ。
 そして、それよりなにより、小道具や細部の蘊蓄が見事。料亭の女将さんとのつきあい方とか、着物の柄とか、食べ物、云々、細部の蘊蓄が簡潔で嫌みにはならない書き方ながらも、見事。というほど、こっちもそんなことわかるわけないのだが、おお、ゴージャス!上流!エスタブリッシュメント!本物っぽい!と、思わせてくれる。要は、取材して調べました、という貧乏くさい書き方ではなくて、引き出しから出してきましたという感じになっているのである。RFIDチップが重要な小道具として出てくるのだけれど、これも電源を外部から与えなくても、受信した電波をエネルギーにして自己誘導で発信するというポイントを押さえているので合格点。自分にある程度分かるところでボロが出ると、こういう物は途端にしらけてしまうのだけれど、そういうところをきちんと押さえているのでポイントを高くつけたくなる。
 なんていうエンターテイメント性も、著者の余裕という感じで、要はここに書かれている北朝鮮の拉致や外務省高官などが、どれだけフィクションかというと、そんなにフィクションではないようなのだ、というところが、多分一番ショッキングなのかもしれない。

現実は、この物語に予言されていた!
「拉致」と「偽ドル」
その最終目的とは何か?

というと、核兵器とそれを搭載する巡航ミサイルだ(ネタバレ)、ということなのだが、まあ、これだけなら、ある程度想像できる話で、予言と言うほどでもないと思うのだが、もっとやばいエンターテイメント小説的な部分というのが、どこまで実際の事件を下敷きにしているのか。そこの方が具体的に危ないのかもしれない。当然、脚色は加えているだろうが、半分くらいは類することがあったのではないか?と考えたくなる。この小説の主人公はスティーブンというBBCの特派員、実は英国諜報部のエージェント兼務、という青年なのだが、これは当然NHKの特派員としてワシントン支局長を務めた手嶋氏自身を投影したものなのだろう、と考えざるを得ない。ということは、???という際どい芸当をエンターテイメント小説の皮を被って演じてみせる手嶋氏に脱帽。また、他の著作も読んでみよう。

ライオンと蜘蛛の巣

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