「国歌の罠」:佐藤優

国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて

国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて

二〇〇三年一月一日(水)
 朝一番で特別配給品が配られた。
 紅白の饅頭と重箱。内容も充実している。蟹クリームコロッケ、鶏唐揚げ、ミカン・パイン・チェリーのコンポート、漬け物(野沢菜・大根)、野菜煮付け(椎茸・筍・昆布)、豚肉角煮、塩鮭、牡丹海老、数の子、昆布佃煮、酢蛸、羊羹、伊達巻き、紅白蒲鉾、豆きんとん、黒豆。
 食事も特別だ。三が日は麦が入っていない「銀シャリ」だ。もっとも古米なので、実は麦が入っていた方が風味があっておいしい。ただしおかずは豪華版だ。餅もつきたてで暖かい。
 朝食:大根の味噌汁、イカ塩辛、芋きんとん
 昼食:手作り餅、雑煮(味噌味)、焼きそば、マスクメロン、牛乳
 夕食:ビーフステーキ、ミックスベジタブル(コーン・人参・グリーンピース)、鱈子スパゲッティー、ベーコン・クリームシチュー、カフェオーレ

 読了。上は、著者が小菅の拘置所で迎えた四年前の正月について書いた部分の引用。うーん。負けてる。花輪和一の『刑務所の中』でも、受刑者が如何に正月の食事を楽しみにしているか、こちらはマンガだが、やはり同様の描写が出てくるのを思い出した。アメリカも人権擁護の観点から居心地の良い刑務所ができてきたみたいだが、マーサ・スチュワートは獄中記を書いたのだろうか?"Decorating for the Jail: Prison With Martha Stewart Living"なんて、結構需要があると思うのだが。と思って調べてみると、これがそうなんだろうか。本物かな?刑務所内のクリスマスツリーのデコレーションコンテストに参加して2位だったってホントかなあ?面白すぎ。でも、最後の2ヶ月くらいは切れかかってて、さすがに可哀想だな。public cavity searchなんてされるんだ。この頃になると、さすがに、大分泣きが入っているなあ。さいごは看守と喧嘩して、髪の毛掴んでトイレに頭からぶち込んでいるけど、ホントかな、このHP?面白すぎて俄には信じがたいけど。
 閑話休題。大晦日はずっとこの本を読んでいた。後は、ちょこっとフィギュアスケートを見た。浅田真央ちゃんの手足が伸びているので、びっくりした。相変わらず、子供っぽい顔立ちだが、手と足がにょきにょき長くなっている。こういうジュニアから高いレベルにある天才といわれる成長期のスポーツ選手は、自分の成長につれて、自分の感覚がずれてしまい、スランプに陥ると言うことがあるそうだ。フィギュアスケートなんかは正にそういう苦労があるんだろうな。やっぱり、今シーズンはシニアで本格的に勝負という意識が出ているのだろう。去年は、銀盤の上の妖精、というか、人間が滑っているとは思えないような別次元の未確認滑走物体という感じだったが、何だか、人間っぽくなってきたというか、芸者に鼻の下を長くしているおっさんみたいな表現(みたいな、でもないか、そのまんまか)だが「名花」という感じである。
 再度、閑話休題。とにかくこの本は面白かった。前半の外交の裏舞台や外務省という組織の実情、後半の西村検察官との奇妙な友情など目眩がするほどの面白さ。ただ、当然、言えないことや言わないことも山のようにあるはずである。

 検察は基本的に世論の目線で動く。小泉政権誕生後の世論はワイドショーと週刊誌で動くので、このレベルの「正義」を実現することが検察にとっては死活的に重要になる。

という検察もひどい。外務省の役人の保身ぶりも悲しい。まあ、外交の世界で庶民的な常識なんて仕事のジャマにしかならないだろうが、どれだけの成果が外交で上がっているのか、そこが問題で、本当はそこを論じるべきなのだろうし、論じられてもいるのだろうけど、そこで、成果が出ていないのにこういう非常識な話がある、ということになると、まともな議論の100倍以上の量の報道やマスコミへの露出がある。その過程で、まともな議論は吹っ飛び、ワイドショー的な魔女狩りの祭になってしまう。この事件は、その構造を熟知した人間が作ったシナリオ=罠なのだろうか。ある程度は、今のマスコミのシステムが暴走した結果なのだろうか。どちらの側面もあるのだろうが、実際はどうだったのだろう。
 さて、佐藤氏をどう判断するのか。個人的な印象では、佐藤氏はこの本で何も嘘はついていないと思う。彼は基本的に分析官であり、学者肌であり、自分の証言に関しても国益と歴史の判断を基準と仰ぐ人間である。こういうタイプの人間は、つまらない細部で保身のための嘘はつけない。プライドが許さないからだ。嘘をつくくらいならば、言わないと思う。その真相は全ての資料が明かされる日を待たねばならないだろうし、それでも全てが明らかにはならないのかもしれない。
 では、自分以外の人、具体的には鈴木宗男氏に関することについてはどうだろうか。これも、嘘はついていないと思う。鈴木氏がODA関連で明確な悪事を働いていても、そこについては、佐藤氏は直接関与していないと思う。ただ、それを知っていたか、知らなかったか、といえば、知っているだろうが。鈴木氏が全面的にシロだった、とも信じられないが、それでも、このロシアに関する話に関しては、彼のペット・プロジェクトというかライフワークなので、一に成果、二に成果だったのではないか。ここで利権を追求しようという気があったとは思えない。こういう多くの案件に携わる人は、必ず自分の中で案件ごとのプライオリティーを持っているはずだ。その中には、「利権につながるなら関わる」というものもあっただろう。しかし、一番重要な案件というのは、得てして損得抜きになり、それがむしろ問題になることの方が多い。もっとも、他のODA案件でどうだったのかは分からないが。
 果たして、佐藤氏は官僚として、ここまで信念を持って外交にコミットするべきだったのだろうか?と考えてしまう。勿論、彼のミッションは、橋本・小渕・森の各総理大臣を通じて命じられたものである以上、その活動に邁進するのは当然である。しかし、官僚の役割とは、どこまでが職分なのだろうか。最終的な意志決定者は、当然国民であり、現実的には、その国民の代表者たる国会議員の政治家だ。その政治家が全てを自分で行うことはできない以上、当然、その青写真を描く官僚が必要になる。結局、具体的なレベルでは官僚が信念を持って進めなければいけない、ということになる。勿論、それは上手く折り合いをつけるレベルで信念をもつという利口なやり方もあるだろうが、それを潔しとしなかった佐藤氏がこうした事件に巻き込まれたのは必然でもあるが不運であったと思う。
 この「国策捜査」の背景を、佐藤氏は首相官邸の政争と睨んでいる。具体的には、これまで歴代三人の総理を外交関係で引っかけて押さえ込むために、田中真紀子を大臣として送り込み、鈴木宗男氏と佐藤氏を逮捕することで、いざとなれば、元総理にまで対象を広げるという脅しを行ったのだと思う。これによって、党内を押さえ込み、一連の小泉改革を推進したのだろう。この見立ては興味深い。
 第五章の佐藤氏の「国策捜査」の分析が面白い。こういう政争の観点ではなく、その本質的な潮流を彼は分析しようとする。自分がこれだけ巻き込まれていながら、冷静にこういうことを考える辺りに、氏の分析官としての面目躍如たるものがある。「公平配分モデル」から「傾斜配分モデル」へ、「国際協調的愛国主義」から「排外主義的ナショナリズム」へ、その路線転換で「鈴木政治」が断罪されたと佐藤氏は結論づける。そして、その二つの流れが内在する本質的な矛盾の今後について、氏は懸念している。
 佐藤氏の指摘は正に正しいと思うが、この二つが矛盾するかというと、矛盾とはならないと思う国が二つある。まず、アメリカだ。なぜなら、自分たちが世界の全て、世界の中心だと思っているからだ。だから、これは実際彼らが意識するかどうかにかかわらずやっていることである。それと、もう一つは、中国だ。国内の「傾斜配分モデル」採用と対外的な市場保護と国威発揚のための「排外主義的ナショナリズム」が、正に彼らの今の政策だと思う。では、日本はどうするのか、というと、アメリカや中国がこういうルールでやっているのだから、自分たちも同じルールに従わなければゲームに参加できない、という発想でしかない。そこが問題ではないだろうか。ルールの解釈とか、異議申し立てとか、いくらでもしたたかにやる方法はあるのではないか。世界の流れはこういう方向にあるのは間違いないし、無理矢理逆行するのは間違っているが、やりようはある。が、そういうことを考える以前の問題として、旧態依然の仕組みにしがみついている後ろ向きの部分を、これからはこういう流れだ、とまずは向きを前向きに揃えるために乱暴なことをしてきたのが、ここ数年の日本だったのではないだろうか。そろそろ、ではそこで本当にこういう流れの中でどうするのか、考えなくてはいけない時期に来ているのではないかと思う。
 大晦日に安部総理が『硫黄島からの手紙』を見に行った、というニュースが新聞に出ていたが、冒頭の今の硫黄島のシーンに彼の祖父の岸信介揮毫の石碑が出てくる。その筋のつながりで見に行ったんだろうけど。彼の今の考えは、「傾斜配分モデル」の行きすぎは是正して「公平配分モデル」と多少なりとも折衷して妥協しても、「国際協調的愛国主義」から「排外主義的ナショナリズム」の流れは止めない、ということなんだろうか。

刑務所の中 (講談社漫画文庫)

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Decorating for the Holidays

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  • 佐藤氏が弁護団に推薦した外交や特殊情報を理解するための3冊:

北方領土問題―歴史と未来 (朝日選書)

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スパイのためのハンドブック (ハヤカワ文庫 NF 79)

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われらの北方領土〈〔1985〕〉 (1985年)

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