書評家〈狐〉の読書遺産:山村 修

書評家〈狐〉の読書遺産 (文春新書)

書評家〈狐〉の読書遺産 (文春新書)

 読了。
 著者は青山学院大学図書館司書として勤務する傍ら、匿名書評家として文筆活動をされ昨年8月に逝去された。これは『文学界』2003年8月号から2006年7月号まで連載された「文庫本を求めて」をまとめたもの。
 文庫本ガイドといえば分かり易いのだが、当世流行の安直なリーダーズ・ダイジェスト的・あんちょこ的な「その本を読まなくても、これで粗筋とポイントだけ読んでおけば用は足ります」的なものではなく、一つ一つの紹介は短いのだがツボを突いてくるし、一つの本を紹介しながらもあれこれ著者の頭に浮かぶその周辺の書籍が周りに現れ、さながら著者の頭の中にある満天の書籍の星座を一つ一つ眺めているような趣がある。
 書評というのは、結局、それを読んで批評や評論の対象を読みたくなるかどうか?ということで善し悪しが決まるのだと思う。勿論、既に読者がその評論や批評の対象を読んでいることを前提に対象を論じる、というのが、批評や評論を書く側の前提なのだろうが、読者にしてみれば、それはしばしば順序が逆で、まだ読んでいないから批評や評論を読むことの方が多い。これは最初から新刊の文庫本を中心にレビューするという意図で書かれていることもあるが、取り上げられている本を読みたくなる書評なのだ。
 読書というのは、こんなに楽しいことだったのだなあ、ということを思い出させられた。ここで取り上げられていた本を後で本屋で探すときに、モバイルでアクセスして確認出来ると便利かなと思ったので、目次をスキャン・OCRしてみた。以下は各節のタイトルと取り上げられていた本。

目次:
学究のパリ、文士のパリ

「うそ!」へのジャンプ

声が聞こえる、姿が見える

言葉の魔術師

多芸多才と、一芸と

  • 『幕末政治家』福地桜痴著 岩波文庫
  • 『美食の歓び』キュルノンスキー/ガストン・ドリース著 中公文庫

「新しい人」

はじめて出合う西欧

巻おくあたわず

「世界でもっとも平静な書物」

色とりどりの夢幻と卓抜なユーモア

ふたつの二十四歳

「冥きがなかにもの書き沈む」

確然としてある人生の時間

通俗であればこそ肌身にそくそくと

人呼んで浮世又兵衛

焚書のうきめに遭わずに

そぞろ戦慄

異彩を放つ訳しぶり

昭和十二年という年こそは

漱石と八雲が偏愛した小説

  • 『ゴシック名訳集成 暴夜幻想譚』学研M文庫
  • 『猿狭 川に死す』森下雨村著 小学館文庫

あらかじめ忌避される文学

筆がまわる

「こんなに面白い本もあるか」

文語体とロ語体に足をかけ

白熱のレトリックが胸にひびく

文学であり、記録でもある

性欲的

  • 『我が愛する詩人の伝記』室生犀星著 中公文庫
  • 『小説の秘密をめぐる十二章』河野多恵子著 文春文庫

何でもないような一言

さしむかふこそくるしかりけれ

清新な春の光と声と

大きな仕合わせを言葉にして掬いあげる

良識と軸みの音をたてる

風に吹かれるように書く

ところで、リルケは絵がうまかったか?