今日の名文:鬼姫の散歩 武田泰淳

R酒房から、ひきぬかれてS酒房へ移ったのは、何のお世辞も言わず、ただ黙って座ってのんでいるだけで、客の酒代をふやす技量を買われてであった。(この原稿は、当の彼女が筆記しているくらいだから、プライバシー問題は発生しないと思う。)

どんな顔をして百合子様は筆記していたのか?ライブで見たかった。

夜のデモの中には、痴漢もまじっていた。昂奮した女性たちの体に、めったにないチャンスとばかり、彼はさわった。「アンポ、ハンタイ。アンポ、ハンタイ。キシオ、タオセ。キシオ、タオセ。」と調子を合わせながら、体をすり寄せ、腕を組み、手を握った。…女房は「こんなときにもあらわれるなんて、痴漢のプロなんだなあ」と思った。

性と政治の季節、…。

「サスケ」のテレビ番組がはじまると、いかにも忍者生活の孤独と殺気を漂わせた音楽が流れ、前口上が聞こえる。「光あるところ、影がある。ひとよ、その名を問うなかれ。闇にうまれ、闇に消ゆる。それが忍者の定めであった」と、テテヤテエ、テテヤ、テテヤテエ、と運命的な音楽が流れる。彼女は「あたしは忍者おぼろ。バカみたいに見えて、実はそうではない」という。
しかし、私は、彼女が高級な凄絶な忍者おぼろなどではなく、忍者おろか、忍者おとぼけだと判断して、安心している。

文学です。